一足早いバレンタイン ~帰ってきたそれゆけ! ライラさん~

「では、よろしくお願いします」

 受話器をそっと置くと、男は大仰に首を回す。ぽきぽきと骨の鳴る音が広くもない社長室に響いたように思えたが、傍らでデスクワークに励む秘書が眉一つ動かさないのを確認すると、それが気のせいである事がわかる。
「自分でもよく働いてるよな~、ここ最近は」
 そう一人ごちた時、秘書の端正な片眉がぴくりと動いたのを無視し、自らコーヒーを淹れるため席を立つ。その時、
「相変わらずサボってるようだな、社長さんよ?」
 声と同時に扉が大きな音を立てて開く。
「お前が契約更改以外でここに来るなんて珍しいな、ライラ。っておい、ノックは入る前にしろよ」
 普段と変わらぬぞっとするような笑みを浮かべたライラはそれを聞いて楽しそうにさらに二度、大きな音を立てて扉を叩く。
「用がないから来ないだけで、あれば来るさ」
「そりゃそうだな。こちらが呼びつける事もなくて何よりだ。まあそんな所に突っ立ってないで入れよ」


「で、わざわざ来たという事は何か用があるんだろ?」
「ハァ~、呆れたねえ。こんなに鈍いかね社長様は?」
「いきなり来ておいてわかる訳ないだろう」
「いえ、今回はライラさんの言うとおりですよ、社長」
 二つのコーヒーカップを運んできた霧子が口を挟む。自分の前にそれを置く秘書に、
「あれ、霧子くんはライラと仲が良かったか?」
「仲が良い悪いではないですよ、社長。先ほどの事をお忘れで?」
「先ほど……って鏡が来た時の事か? まあバレンタインだからってわざわざ……って、ええ!?」

 ほんの一時間ほど前、やはりライラと同じように滅多に社長室に顔を見せないフレイア鏡がやってきて、
「いつもお世話になってますから」
 と、チョコレートを持ってきていたのだった。それには大きく『義』と記してあった。チョコレートとその字を見て男は大きく笑ったのだが、鏡はくすりともせず
「理では語れませんのよ。では、私はこれで」
 そう言った後初めて微笑むと振り返りもせず出て行ったのだった。

「もしかして、いやまさか?」
「そのまさかだよ、クックック。毒なんて入れてないから受け取れよ」
 そう言ってライラは大きな、綺麗に包装された箱を差し出す。
「ありがとう……って随分大きいな。最近はこんな大きなチョコレートも売ってるのか? 高かったろうに」
「馬ぁ~鹿、こんなもん売ってる訳ねぇだろが。作ったんだよ」
「作ったっておい、ライラ……。正直意外だったよ、びっくりした。」
 そっと箱を傍らに置くと男は続けて、
「いや失礼、失言だ取り消すよ。ありがたく頂戴するよ」
 慌てる男を見ながらライラはニヤリと笑うと、
「じゃあ今すぐ食べてもらおうか?」
「い、今すぐか?」
「そうだよ、今すぐ全部食べるんだよ! そしてなあ」
「ら、ライラ、お前まさか……!?」
「鈍チンにしては察しがいいじゃねぇかあ!? そうだよ、こいつを全部食って鼻血をぶちまけな!」
「やっぱりそれかよ……」
「ありがたく頂くんだろう? さっさと食って私に血を見せろよ、ヒャーッハッハッハ!!」

それを見ながらハンカチでそっと目頭を拭く霧子であった。団体は、今日も平和だ。(おわり)



ホワイトデーがあっさりしていたのでむしゃくしゃして書いた。反省はしていない。
そんなカンジで。

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