カタラータ・カルパ物語 ~1年目7月~

ある日の午後、オフィスの電話が鳴り響く。

「はい、カタラータ……っととと」

霧子は慌てて受話器を耳から離す。電話口の向こうからは
けたたましい笑い声が響いている。
その声が一段落したのを見計らって再び受話器に耳を当てる。

「真岡さんあなたね、どこウロウロしてるのよ!
 大体雇われたって来たきり一度も姿を見せないなんて!
 はぁ、テストォ? いますぐ? ちょっと、説明しなさ……んもう!」

電話の向こうの覆面男は言うだけ言って切ってしまったのだろう。
口を尖らせて受話器を一瞥し、そっとそれをフックに掛ける。

「テストをやれって言われても、別段広告も打ってないし。
 社長も特別何も言われてなかったし……」

思案していると再び電話が鳴る。

「あら、ジムからね。……はい、井上です」


霧子がジムへ駆けつけると、吉原と斉藤が見慣れぬ褐色の少女を見下ろしていた。
少女は腹を押さえ、息も絶え絶えの様子だ。
斉藤が霧子に気付き声を掛ける。

「あ、霧子さんすいませんお忙しいところ」
「いえ、いいんですよ。ところでそちらの方は?」

斉藤の代わりに吉原が答える。

「古い言い方をすれば道場破りってところでしょうか」
「いや、そうじゃないよ。彼女はここのテスト生だ」

うずくまる少女以外が声の方を見る。

「あれ、カルパッチョさんから連絡なかった?」
「私たちは何も聞いていませんよ、社長?」
「ついさっき意味不明の電話がありましたが、本当だとは」

社長はその返事に肩を竦めて、少女の側にしゃがみこむ。

「あーあーあー、こっぴどくやられたねえ。斉藤くんかな?」

姿勢を変えず首だけを斉藤の方へ向ける。

「う、はい」
「君の事だから手加減なんて一切してないだろうな? ウフフ」
「え、ええ」

社長は満足そうに頷くと、再び少女の方へ振り返る。

「君が森嶋くんだね。どうウチの選手。強いだろ?」

森嶋といわれた少女は俯いたまま答えない。構わず続けて、

「でもね、この業界じゃあこれでも下から数えた方が早いんだ。
 上には上が幾らでもいるぞ」

森嶋はそこで初めて顔を上げ、

「……蛙……確かに、そうだった…みたい」
「ふーむ、カルパッチョさんもずいぶん挑発したんだねえ」

呟くと社長は立ち上がり手を差し出す。

「やるんでしょ?」

森嶋はしばらく荒い息をつきながら男を見上げていたが、

「……よろしく」

差し出された手を握り返してよろよろと立ち上がる。

「決まりだね。あいにく栃木には海はないけど我慢してくれ」
「……別に」

斉藤が二人の側に近寄り森嶋に声を掛ける。

「いや、済まなかった。テストを受けに来たとは知らずに」
「……別に、私が弱かっただけ。気にしないで」

森嶋は皆に囲まれて挨拶を受ける。一段落したとき、

「ひさしぶりに新人も入ったし、今夜は歓迎会をかねて
 食事にでも行くか。もちろん僕のおごりでね」
「ふふ、賛成です。森嶋さん、あなた何か食べたいものはある?」

森嶋は聞かれて少し恥ずかしそうに、

「……もつ煮」

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