カタラータ・カルパ物語 ~1年目6月~

「新女もパラシオンも人を集めてるねえ……」

報告書を退屈そうに眺め男は一人呟く。
その中には秘書が惜しいと言っていた人物の名も垣間見える。

「ま、それぞれの育成手腕に期待だな。強くなってくれれば良いが」

ぶつぶつ言っていると、扉をノックする音。

「霧子くんがノックするとは珍しいね。どうぞ、開いてるよ」
「失礼します」
「あれ、ミミさんか」

入口にはスーツ姿の秘書ではなく練習着を纏ったエースが立っていた。
エースといっても団体にはまだ二人しか選手はいないのであるが。

「社長、書留が届いていましたよ」

吉原はそう言って封筒を差し出す。それを受け取りながら、

「霧子くんは何をしてるんだ? ミミさんにこんな事させるなんて」

非難の声を上げる。

「いえ、事務所に立ち寄ったら丁度郵便局の方と鉢合わせしまして」
「それは面倒を掛けたね、ありがとう。お、来た来た」

封を開けて嬉しそうに言う。

「社長、それは?」
「ああ、これ? 会員証だよ。ファンクラブのね。お、1番だ。やったね」
「何だか嬉しそうですね」

不機嫌そうに吉原が言う。

「そりゃ嬉しいよ。何と言ってもミミ吉原ファンクラブの1号会員だからね」
「ふーん、そうですか……って私の!?」
「そう。ほら」

差し出された会員証には確かにミミ吉原ファンクラブとある。

「うーん、ファンクラブですか」
「どうしたの? 何か不満でも?」
「いえ、嬉しいですけど。でも、新女にいた頃はそのような話は無かったですし」

吉原は俯いて言葉を区切り、しばらくして

「それに、新女を出て試合もしていないのにどうして」
「今のミミ吉原を応援したいって人が多いからじゃないの」
「え?」

社長は大事そうに会員証をそっとテーブルの上に置くと、

「例えば、これは僕の勝手な思い込みなんだけどね。空手を封印して関節技を磨き
 それで戦ってきたミミ吉原。でも、いざとなれば打撃もあるし上を脅かす
 存在なんだって期待があったと思うんだ」

男は椅子から立ち上がり続ける。

「でも、そうはならなかった。いい試合はするけど勝ち切れない。
 僕はそこがどうにももどかしかった」

吉原は黙って聞いている。

「あくまで僕の考えだよ。ミミさん、貴方はファンの期待に応えられていないんだ。
 いざとなれば空手の技で、という期待。もちろん貴方が色々と考えて
 打撃を封印している事は想像に難くない。でも、ファンはわかっててもそれを求めるんだ」

社長はそこで言葉を切る。
吉原は俯いたまま答えない。

「ミミさん。関節技を捨てろとは言わない。でも今のままでは鞘に収まったままだ。
 鞘に収まったままなら中身は真剣でも竹光でも変わらない。
 抜くと斬られる。貴方に求められているのは多分、それだ」

吉原はそこで顔を上げためらいがちに

「私が新女という鞘から抜けたから、期待が高まったという事ですか」
「多分ね」

社長は頷きながら即答する。

「ミミさん。今のミミさんは中堅レスラーではない。このカタラータ・カルパのトップなんだ。
 確かにまだ二人しかいないが、それは間違いのない事実だ」

吉原は再び沈黙するが、俯きはしなかった。しばらくして、

「社長、これから練習を見ていただけますか」
「もちろんいいさ。そうとなれば早速ジムへ行こう」

それを給湯室から眺める影が二つ。

「霧子さん」
「どうしました、斉藤さん?」
「ここには選手は自分と吉原さんしかいませんよね?」
「そ、そうね……」
「霧子さん、目が泳いでますよ。自分、そんなに地味ですか!?」
「そ、そんな事ないわよっ。ま、まだ新人だし慌てる事は、ね」
「うわあぁぁっ!自分やっぱり地味なんですね!」
「ああ、まって斉藤さん!」

注に伸ばした手は走り去る斉藤の背中を掴めはしなかった。

「今は我慢の時よ、斉藤さん。貴方にも必ずスポットが当たる日はくるわ」

そして一口、コーヒーを啜ると小声で

「多分ね」

走り去る斉藤を見る霧子の目は優しかった。

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