カタラータ・カルパ物語 第0話(その2)

「しゃちょーっ!」

普段冷静な秘書が珍しく大きな声で入ってくる。

「んー、ノックくらいしたまえよ」
「ノックしないと困ることでもあるんですか!?」
「いや、ないけどさあ……」

社長室と聞こえはいいがその実、雑居ビルの一室。
社長と呼ばれた男は週刊のプロレス紙から目を離し、

「珍しく興奮してるねえ。何かあったの?」
「新人テストに希望者が殺到していますよ!」
「ふーん、そう」

その返事に霧子は気色ばむ。

「社長、これは喜ばしいことですよ? 無名も無名な我が団体に
 希望者が殺到しているんですよ!」
「まあ、君の目にかなうのなら間違いはないだろうけどさ」
「社長、先日の演説はギミックなんですか!?」
「そうじゃないけどさ。僕ね、この人に会いたいんだけど」

言って男は週刊誌を興奮冷めやらぬ秘書の前に投げつける。
それを手に取り三度瞬きをしてから、

「この選手なら明日、ここ栃木で大会がありますけど」
「あ、明日ここに来るの!? 知らなかったよ! ……会えないかな?」
「社長、一応あなたもこの業界に居るんですからそれくらい……」

非難の声を上げる秘書に、

「いちいち覚えてられないよ。で、会えるの?」

どうも今回の社長はやりにくい。そんな事はおくびにも出さず

「社長が望まれるなら」
「じゃあ頼むよ。テスト生は白崎の別館に一泊させておいて。
 あそこなら宇都宮の駅からでも便利でしょ。もちろん費用はこちら持ちでね」
「承知しました」
「明日は15時、いや16時から面接するから、適当に説明しといてよ」
「そこまで待てないと言われたらどうしますか?」
「そんな娘いらないよ。とっとと帰ってもらって。一人も残らなくてもいいよ」

のんびりした口調に、

「社長、やる気あるんですか!?」

霧子の目には、次世代を担う人材がそれこそ山のように来ているのだ。
5年、いや3年もあればプロレス界の勢力は塗り替えられるだろう。
ところがこの男は……。

「あるよ。君が言いたい事もわかるさ。一応社長だからね。でも」
「でも、なんですか!?」
「なんだよ、怖いなあ……。んー、僕はね」

秘書の前に投げ捨てた雑誌をあらためて手に取り、

「なんて言うんだろ……」

霧子は黙って聞いている。

「抜き身な娘はいたかい?」
「へっ!?」

思わず間抜けな声を上げる霧子。

「やっぱり霧子くんは有能だな。僕にはもったいない。
 僕はただ好きなようにやりたいだけなんだ」
「……」

しばらくの沈黙。それを破ったのは若き社長だった。

「なあ、霧子くん。ウチがこのままであとどれくら持つ?」
「この調子なら14ヵ月後に」
「思ったより長いな……。なあ、霧子くん」
「なんですか?」
「14ヶ月が16ヶ月になったとして、付き合ってくれる?」
「昇給があるなら」
「オーケー、頑張ってみるよ」

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック